青葉まつりと山鉾

 仙台藩主・伊達政宗公を祭神とする青葉神社の「青葉まつり」が始まったのは、明治8年から。それ以前の藩制時代は、宮町・東照宮の祭礼を「仙台まつり」といい、藩主在国時に行われていました。この察りに、各町内ごとの山鉾が巡行し、年々盛んになっていきました。しかし、明治32年の仙台開府300年祭を最後に、山鉾の姿は消えました。電線が市中に張り巡らされ、巡行が困難になったからです。そして昭和60年、政宗公350年祭を期に「青葉まつり」は復活。63年からは「仙台まつり」を再現するかのように、「青葉まつり」に山鉾が登場しました。
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政宗公山鉾 (仙台観光コンベンション協会)

政令指定都市として、仙台市は新しい街づくりに向けて、スタートを切りました。思えぱ、奥州の雄・伊達政宗公は仙台の街づくりの原点。その業績は偉大です。

唐獅子山鉾 (勝山企業)

桃山時代の武得達に。絵画や彫刻の題材として愛好された唐獅子。仙台藩にも数多くの傑作カく残されています。その勇姿を、いま山鉾に再現しました。

恵比寿山鉾 (藤崎)

商売繁昌、除災招福の神様として親しまれているえびす様。商都・仙台の将来に、さらに隆盛と幸福をもたらすようにと願いを込めてつくられた山鉾です。

大黒天山鉾 (報道六社)

七福神は、日本はもちろん、中国やインドでも信仰されている福徳の神。中でも大黒天は食物豊作の神。みやぎの大地が、ことしも豊かな実りに恵まれることを祈ります。

政宗公兜山鉾 (日専連仙台)

この山鉾は高さ6.2メートル、全長6.35メートル、重さ8トンとこれまでの最大級。東京・浅草の神輿専門店、宮内庁御用達の宮本卯之助商店が巨大な本体を造り、上部の政宗胸像は乃村工藝社に発注した。

御神船山鉾 (仙台水産)

城下町・仙台と港町・石巻を緒ぶ貞山運河での物資流通に、または漁業に、さらに塩釜神社の海渡りにと活躍した御神船山鉾。その雄々しい姿の山鉾です。

青葉駒山鉾 (菓匠三全)

奈良・平安の昔、陸奥国分寺の祭礼で行われた馬市。その際、最良馬を選び朝廷に献上していました。この馬の胸に下げられた木製の馬形が木下駒又は青葉駒と呼ばれ、今に伝えられています。

七福大太鼓山鉾 (七十七銀行)

藩制時代、仙台の城下町に時を告げるための胴大太鼓がありました。この山鉾は、その伝統に因み、人々に幸運をもたらす“七福の響き”で巡行します。

雅山鉾 (JR東日本)

国宝の大崎八幡神社は、京都北野天満宮と共に桃山建築様式の典型です。数多く取り入れた当時の京文化を偲んで、雅びやかで華麗な山鉾をつくりあげました。

囃子山鉾 (NTT)

政宗公は、能・狂言から神楽・すずめ踊りに至るまで、歌舞音曲を大切にした文化人でした。その伝続を受け継いで、子供達による、にぎやかなお囃子の山鉾です。

大鯛山鉾(阿部蒲鉾)

町が繁栄し、人々が幸世になる。めでたいことが続きますようにとの願いを込めた山鉾。大鯛(おおだい)は、まさにリその象徴です。